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『魔法少女まどか☆マギカ』第9、10話。

当面休止となってしまいましたが、今TVを観られない状況におかれている方々の事を思えば、それも良かったかもなと、そんなふうにも思っています。あくまで「そう思えば」という話で、TV局の都合なんて知らね。
このアニメが再開した時に、今大変な状況におかれている方々が少しでも多く、一緒に観られるようになればいいなと。一緒に観たいなと。

ところでさ、サントラってまだ発売にならないのかな?早く聴きたいのだけど。それも延期?
・・・と思って検索したら「BD・DVD2巻の特典にサントラが」という信じ難い情報。サントラ単体での発売はないのではという話。あー、もう、アニプレックス駄目だこりゃ。『空の境界』に続き、それだとひどいよ。あんまりだよ。こんなのってないよ。アニメなんかどうでもよくてもサントラは買う、っていうくらいの梶浦ファンがここにいるのに。絶望した!


テンションがた落ちですが、気をとりなおして、レビューいきます。

今回は特にネタバレ注意です。
特に10話が容赦のないネタバレになるかと。
TV放送が当面休止になっている現状、まだ観ていない方も多数いらっしゃると思うので、気をつけてください。


■9話■


正直、あんまり印象に残ってないです。ちょっと時間も経ってしまって、記憶があやふやにもなってきていて。まあそれも、印象浅かったからですが。
というのも、8話で私の興味はほぼ「まどかとほむらの関係」に集中しまして、しかしながらこの9話ではそこら辺の言及が見られなかったもので、私の気持ちとしては若干テンション下がり気味でした。

この9話は寧ろ、さやかと杏子のエピソードって感じでしたね。
さやかについてはもう助からないだろうなと思ってたので諦めていたけど。
でも、杏子がここまでいい奴だったとはね。最初出てきた時点では想像もつかない。このエピソードでそうとう、杏子の人気が出たんじゃないかなと、そんな気はしますね。
でも別に死ぬ必要なかった気もするけど。

そうそう、それともうひとつ。
キュゥべえの目的が明かされましたよね。これも以前の感想と通じる部分なのだけど、なんか説明的でシナリオとしてどうなのかなと思いました。ストーリーの自然な流れの中で明らかになるというのではなく、わざわざキュゥべえにまどかの元を訪れさせて説明させるという、なんというか荒技ぶり。
ただ、個人的にはキュゥべえの目的とかどうでもいいと思っていたので、それが残念とかそういうこともないです。そこの真相が明らかになった今回も「ふーん、そう。」くらいにしか思わなかったし。




■10話■

ここまでのストーリーの流れについてですが、個人的には7話まではそんなに惹かれてもいなかったのに8話で一気に惹きつけられたものがありました。その話は8話の感想でしていますが、つまり「まどかとほむらの関係って一体?」「ほむらにとってまどかって何なの?」っていう部分ですごく気になってしまって、一気に惹きつけられた訳です。
そして、それに対する解答編みたいな位置づけの回と言えるのが、この10話。暁美ほむら編と言ってもよいでしょう。暁美ほむらの過去が明かされる、暁美ほむら主役の回。もうね、1回だけで描くには勿体無いっていうくらいの、濃い内容でした。

やっぱり、8話でものすごく真相が気になる部分が出てきて、「ほむらとまどか」この二人にどんな秘密が隠されているのかすごく気になっていて、それが明かされるのがこの回ですから。自分の中では特別重要と言えます。
もちろん、ここの真相についてはかなり期待してしまっています。8話であれだけ私の気持ちが盛り上がってるのだから、もしもその真相が納得できないような内容だったらかえってかなりガッカリしてしまう事にもなりますよね。

結果を言えば、かなり満足です。
つまり、8話の盛り上がりを受けてのこの10話というのはほんと、自分的には大ブレイクな回と言っていいです。
なんかもう、「良い最終回だった」っていう気分さえも(笑)。いや、OPがなくて本来のOP曲がEDとして流れる、それもクレジットがロール、というのは最終回のお決まりとも言える演出だし、半ば本気で「え?最終回だったの!?」なんて思ってしまったくらいなのですが、オリジナル作品で訳の解らないまま終わってしまった作品って今まで沢山あったし、そういうのに比べればこの10話が本当に最終回だったとしても悪くないかなと思えるくらい。
もちろん、この10話よりも更に最終回が最高の回となって欲しいなと、欲張る気持ちでいっぱいですよ。今もう、ウテナのラスト二話に匹敵するくらいの盛り上がりが自分の中で起こってますから(いやさすがにそこまでは)。放置プレイも心憎い。
最終回のサブタイトルが『いつか一緒に輝いて』でも全然おかしくないような流れに今なってます(笑)。まあ、ハッピーエンドにならなくても不満ではないと思うけど、できればそんな感じになって欲しいとは思っているかな。


さてさて。
そんな訳で、ほむらの過去、真相が明かされましたね。以下、容赦のないネタバレ。

以前キュゥべえがほむらについて「別の時間軸の存在」みたいな事を言っていたので、私としては未来もしくは過去からやってきたのかなと思っていたのですが、違いましたね。同じ時間をずっと何度もやり直してたのか。それは正直言って、予想しませんでした。いや、よくある話という程でもないかもしれないけど「時間を戻してやり直す」話っていうのはそれなりに既にあると思うし、予想できていいところだったかもしれないけど、私はそう思ってなかった。
どちらかと言えば矢張り未来からやってきたのかなと思ったし、まどかとほむらについて「未来で出会う筈の二人」みたいな設定を勝手に妄想してなんかちょっと素敵な気持ちにさえなっていました(笑)。もしかしたら、輪廻転生とかも絡んでくるかなとか。
ただ、ウテナと重ねて観てる部分があっただけにね、“元々二人は別の世界で出会っていて、そこでほむらはまどかに救われたのだけど、離れ離れになってしまって、「今度は私が」とほむらが決意して、そして二人はもう一度出会う・・・”みたいな話を、結構本気で考えていたのですよ(笑)。でも8話の感想でウテナトークかました時でさえそこまで言うとさすがに重病かなと黙ってたのですが、実際には結構はずれてもいないよね?と10話観て思いました。いや、ほんとにまったく同じだとかいう訳では全然ないけど、概ね近くないですか?
もうこれはほんとウテナだなと、思ってしまったのですが恒例ウテナトークは後でこころゆくまでやります(笑)。
実際には、ほむらは別の世界から来たわけではなくて、同じ世界をずっとやり直して別の世界にしてしまってる、ってところですよね。未来を変える為に。そういう意味ではキュゥべえの言う「別の時間軸の存在」っていうのは近いけどハズレで、「同じ時間軸をループしてる」というのが正解なのかなと。
所謂「タイムスリップ」というのとは違いますよね?SFそんな詳しくないので定義とかよく解らないけど。タイムリープとかライムトラベルとか、全部同じ意味なのかも知らないし。
でも、ほむらは「過去へタイムスリップしてる」というより「時間を巻き戻している」訳ですよね。大体、過去にタイムスリップすれば、その時間の暁美ほむらが存在している筈。そこで初めて今のほむらがその時間軸にとっての「別の時間軸の存在」と言えるのではないかと。で、パラドックスがどうこうとかそういう問題で生じる訳だ。

10話冒頭、最初「誰?」って思っちゃいましたよ、ほむらの事。キャラが全然違う。
私としては断然今のほむらの方が好きです。メガネっ娘が好きとか全然ないですし。でも、こういうつらい思いをして、それでああいう冷めたキャラになってしまったのかと思うとちょっとせつないですよね。でも仮にハッピーエンドになったとしても、ほむらのキャラは戻らないで欲しいなと。
一方のまどかも、なんかキャラが違うなと思いました。魔法少女としての自信というか、または覚悟というか。いやな言い方をすれば、調子に乗ってる。私としてはまどかはおどおどしてる小動物キャラの方がいいです。

ほむらの爆弾とかって魔法で出してるものだとばかり思っていたのですが、まさか自力で調達していたとは。魔法じゃなくて科学の力かよ。
という事は逆に言えば、魔女に対して人類の通常兵器は有効だという事ですよね。ワルプルギスの夜クラスになると厳しいかも知れないけど、並の魔女なら魔法少女じゃなくても倒せるんじゃないか。

まどか→弓矢
さやか→剣
マミ →銃
杏子 →槍
と来て、「ほむら→火器?」とか思ってたのですが、どうやらちょっと違うというか、寧ろそういう意味でイレギュラーというか。で、
ほむら→楯
が正解なのかなと。実際、見た目的には楯としか見えない何かを装着してますよね。そしてそれがどうやら時間を操っているようだし。物理的に楯としては働いてないけど、そもそも「時間を止める」という事がどちらかと言えば防御面で有用な能力なのかなと思うし。この能力そのものには攻撃力がないからこそ、人類の兵器を使わざるを得ない訳で。
ほむらの能力が防御系だとすれば、それはとても道理だと思うんですよ。だって、「まどかを護りたい」っていうのがほむらの願いなのだから。

あと、入手した武器を楯に入れてますよね。「四次元ポケット(笑)」とか思って観てたんだけど、冗談じゃなくて確かにあれは四次元ポケットと同じ理屈なのかなと。だって、時間を操作できるって事は四次元だし。


ここで、ほむらが繰り返してきた時間と、その展開の相違について、自分の中で整理もしたいのでちょっとまとめてみました。

〜1度目〜
まどかは既に魔法少女になっていて、転校してきた暁美ほむら(まだ魔法少女ではない)は魔女に襲われまどかと巴マミに助けられる。
まどかと巴マミはワルプルギスの夜に破れ散華。
→ほむら、魔法少女になって時間を戻す。

〜2度目〜
ほむらが魔法少女になった以外は1度目と同じなのかな。しかし巴マミの最期は描かれていない。
まどかがワルプルギスの夜に敗れる場面も同じように思えるけど、1度目と違って魔女になってしまう。
→ほむら、魔法少女と魔女の真相に気がつきキュゥべえに騙されていたと悟る(場面としては描かれていない)。

〜3度目〜
ここで初めて美樹さやかが魔法少女として登場。佐倉杏子も。さやかが魔女化。巴マミがまだ存命であるのと、まどかが魔法少女になっていること以外は、現在の展開に近い。
まどかとほむらの二人がかりでも、ワルプルギスの夜は倒せない。
→ほむら、まどかと約束。(多分一番の名場面)
「絶対にあなたを救ってみせる!何度繰り返すことになっても、必ずあなたを守ってみせる!」

〜4度目〜
ほむらが眼鏡を外し、髪をほどく。
「まどかを魔法少女にしない」というほむらのミッションは一応最終局面までは達成。他の魔法少女についての言及一切なし。
ほむら一人ではワルプルギスの夜には敵わず、結局まどかが魔法少女に。多分この辺りの場面が、1話冒頭でのまどかの見た夢の場面だっただろうかと。
魔法少女まどかがワルプルギスの夜を倒すものの、まどかが魔女に。

〜5度目〜
現在。(1話からこれまで)

もっとも、割愛されてるだけで本当は5度以上繰り返してるのかもしれないけど。


全体的に展開が速くて話が飛躍していて、「かなり端折られてるな」という感じはします。「その間に何があったのか」と思う場面が多い。

2度目では、ほむらが魔法少女としてまどかとマミに合流して何とか魔女と戦えるようになる場面が描かれて、CM挟んだらいきなりまどかがもう倒れてる。何があったのかは描かれてないけど、1度目でワルプルギスの夜に敗れたあとの場面とほぼ同一なので、多分そこの部分なのだろうと。ただ異なっているのは、まどかの手にはソウルジェムがあるんですよね、1度目と違い。そっちが本体なのだから、1度目でまどかが死んだって事はつまりソウルジェムがやられてるんですよね。でも2度目の時はソウルジェムがやられてない、だから魔女化した訳ですよね。どうしてそういう差異が生じたのかが謎だなと。

3度目はいきなり魔法少女が全員既に登場している状態からスタートしていて、ほむらの転校からそこまでの間どう展開してたのかが一切不明。それまでは美樹さやかが魔法少女としては登場してなかった(クラスメートとして教室の背景の一部としては登場してる)のが、この時は既に魔法少女になっていて、どういう過程を経てそうなったのかは結構気になってしまいます。さやかが魔女化する事で初めて他の魔法少女達もその真相に気がつく訳で、これ以前にもさやかが魔法少女になっていたとは考えにくい。さやかが恭介の為に魔法少女なるなら魔女化は避けられないと思うし。
この3度目の時にも、ほむらが転校してきた時点で既にまどかが魔法少女になっていたかも不明。ほむらは既に「キュゥべえに騙されてる」と悟っているので、この時点で予めまどかの契約を阻止しようと動いていても不思議ではないのだけど。

4度目は、ほむらのキャラも現在と同じだし、まどかの契約を阻むのも同様。一人で魔女と戦うほむらの姿が描かれた後、しかし矢張りいきなりワルプルギスの夜との戦いの場面に飛ぶので、その間に何があったのかが一切不明。他のキャラが全然登場しないし。でも普通に考えれば、少なくともマミと杏子は(時間を戻した地点において)既に魔法少女になっているのだし、それがワルプルギスの夜との戦いの場面で登場しないという事はその時点では既に死んでいるという事なのかとも思うし、実は殆ど現在と同様の展開(1話から9話の展開と同様)だったのではないかと、個人的には想像しています。

ところで一番最初にほむらが魔女に襲われるシーンですけど、その時の地面ってゲルニカですよ・・・ね? ゲルニカ足蹴にしてます。


ここで(10話で)何より気になったのは、まどかの魔法少女としての力なんですけど、現在のまどかってキュゥべえ曰く「宇宙の法則さえもねじまげる」力を秘めているんですよね。
なのに、最初の時(1度目)ではマミと二人でもワルプルギスの夜に勝てない訳ですよね。3度目にしてもまどかとほむらの二人がかりでも矢張り勝てない。もっとも、この時点でのほむらが巴マミよりも強いのかどうか、という問題はありますが。

それが4度目にして、まどか一人でワルプルギスの夜を倒してしまう。
現在のキュゥべえが言うような力が元々まどかにあるのだとしたら寧ろ当然倒せるだろうし、それなら何故最初は三度敗れたのか、とても疑問なんですよね。

そこで思うのは、もしかしたらほむらが同じ時間を繰り返す度にまどかの力が増しているのではないか、という事。それも単に繰り返した時間に比例して、という事ではなく、ほむらの「まどかを守りたい」という願いの分だけ。それなら、3度目の最期でほむらがまどかと約束をして壮絶な決意をして、その後のターンでまどかが一人でワルプルギスの夜を倒せたのも、説明がつくというもの。
4度目の時は最終局面までまどかが魔法少女になるのをほむらが阻止していて、その分だけまどかの力が増している、という事ももしかしたらあるのかもしれない。
いずれにせよ、もしもほむらが「まどかを守りたい」と願えば願うほどまどかの力が増しているのだとしたら、何とも皮肉というか。


一方のほむらなのですが、こっちは能力面で向上しているのかなと、そこどうなのかなと思います。ほむらとしてはまどかが魔法少女にならなくてもいいように自分の力でワルプルギスの夜を倒す事を考えているだろうし、その為に魔女との孤独な戦いをしている訳で、実際にワルプルギスの夜と対峙できるだけの力をつけてきているのかなと。
で、もしも仮にほむらがワルプルギスの夜を倒せたとしたら、やはりほむらが魔女になってしまうのかなあ。ほむらとしては、まどかさえ守れればいいのだろうけど、自身が結局魔女になってしまったら今度はほむら自身がまどかの脅威にもなり得るし、どうするつもりなのかな。結局、ワルプルギスの夜を倒せるって事は、ワルプルギスの夜と同等かそれ以上の魔女に自分がなってしまうっていう事ですよね。

ただ、最終的にほむらが魔女になってしまうか否かはともかく、今まで既にこれだけのつらい思いをしてきて、それでもさやかみたいに壊れないで自分を保っていられる、魔女にならないでいられる、そんな強さがすごいなと思いますよ。それだけ「まどかを守りたい」っていう気持ちが強いって事なんでしょうね。それだけで頑張っているのだものね。

それはそれとしても、ワルプルギスの夜だって元々魔法少女から魔女になっているわけですよね多分。だったらかなり力のある魔法少女だったという事になりますが、とりあえず「ほむらがもっと過去に行ってそいつがまだ魔法少女のうちに倒しちゃえば万事解決」とかちょっと思ったんです。まあ、現実的にはそれを探し出すのって途方もないし無理かなとも思ったけど。
でもね、ふと思っちゃったんです。今述べた二つが、私の中で結びついてしまったんです。
つまり、
“ほむら→ワルプルギスの夜”
なのではないかと。
魔女になったほむらがワルプルギスの夜なのではないかと、ふと思ってしまったんです。
根拠と言えるものは、外見くらいですけど。ワルプルギスの夜って歯車みたいな外見ですよね。あれが、ほむらの楯というか時間を操る能力と共通しているような気がして。魔女化したさやかって剣を持ってます・・・よね?9話観た記憶の中ではそういう印象がないのですが少なくともこの10話では両手に剣らしきものが見えました。という事は、魔法少女時の能力的なものは魔女になってもそのまま引き継ぐのかなと思って。
その場合、ほむらがもし魔女化してしまうとしてもまだ先の事になりますけど、時間を行き来出来るのなら今この時間に存在しているのも説明がつくんですよね。もっとも、この時間にはこの時間の魔法少女のほむらがいるし、パラドックスとかどうなるんだ?っていうのもあります。なのでこれはあくまで、「あるいは、もしかしたら」という話です。


この10話、かなり満足している一方でちょっと残念というか物足りない部分がありまして。
それは、ほむらがどうしてそこまでまどかを想えるのかがちょっと共感しづらい、っていう部分です。まどかの為にどうしてそこまで出来るのか、実を言うとちょっと共感できない。
そういう部分で、ほむらとまどかの関係性っていうか、絆みたいなものが確かになるようなエピソードがあったら良かったのだけど。例えば、「ほむらはまどかを裏切ったりもしてそれでもまどかは自分の事を救ってくれた」みたいな話とかね。まあそれ、どこかで聞いたような話だと思いますけど、例えばほんと、『少女革命ウテナ』最終回でアンシーにとってウテナがどんな存在なのかっていうのはすごく共感できるし、最後、「どんなにつらい事が待ち構えていようと絶対にウテナを探し出す」っていう気持ち、観ているこっちもなんか感情移入できるんですよね。で、ほむらにとってのまどかがそこまでの存在なのか、と問うてみると、どうも疑問で。
単に、そういうエピソードを描くだけの充分な尺がなかった、とかいう事なのかもしれないけど、その一方で、もしかして意図的なのでは?という気もしなくもなくて。
つまり、「本当のところまどかとほむらの関係ってそんなに深いものじゃないよ」という意図があったりはしないかと。
それでも、ほむらにとってまどかが特別だという事は解るんですよ。「たった一人の友達」だから。でもほむらにとってはそうでも、まどかにとってのほむらってどうなの?とも思って。私も友達少ないタイプだから解ってしまうのだけど、私と仲良くしてくれる人っていうのは、私と同類か、誰とでも分け隔てなく仲良く出来るタイプかのいずれかなんです。で、後者の場合、私にとってはその人は数少ない友達の一人ですが、その人にとっての私は多分数多い友達の一人に過ぎない。その事を私はよく理解しているし、その上でその友達の為なら私はどこまで献身できるだろうかと、考えない事もないんですよ。ほむらとまどかも、まさにそういう感じに見えるし、ほむらにとってはまどかがたった一人の大切な友達でも、まどかにとってはどうなんだろう?って思ってしまう。

なんでこんな話をするのかというと、もしかしてほむらのやっている事って独り善がりなのでは?という疑問がどうしても払拭できないからです。
私はこの10話を観て心から感動しましたけど、でもこの10話って完全にほむらの視点で描かれたエピソードです。だからあくまでほむら視点で「まどかの為に」って想いに感動できるんだけど、ふと冷静に客観的に観た時に、或いはまどかからしてみたらどうなのだろう?と考えた時に、もしかしてほむらの独り善がり?って思ってしまうんですね。
8話で、まどかがさやかを元に戻す為にキュゥべえと契約しようとして、ほむらはそんなまどかを責めるような場面がありますが、しかしこの10話を観ているとほむら自身が自分を犠牲にしてでもまどかを守ろうとしている感じだし、実はまどかに言った事が全部ほむらに返ってきてしまうのではないか、と思えるんですね。ほむらは多分、まどかを守る為ならどんな犠牲すら厭わない、と考えてると思うんです。でもまどかにしてみたら自分が助かる為に他が犠牲になるのは望まないでしょう。事実、この10話を観る限り、ほむらが時間を巻き戻したが為にさやかが巻き込まれたようにも見受けられるし。

そう考えると、これハッピーエンドになり得るのかなあ?とか思う訳ですよ。果たして・・・。



以下、恒例ウテナトークになっています(笑)。
っていうか多分、ウテナ好きでまどか観てる人なら、私がこの10話にどういう反応を示すか、予想がついても全然おかしくないですね。
10話はほんとなんか、ウテナを思い起こす場面が色々とあって。

特にやっぱり、この10話を観ると「まどかほむらって、ウテナアンシーだよ」っていう思いがとても強まりました。
今回、ほむらが元々メガネっ子だったのが明らかになりましたが、別にそれだけの理由でもないけど今のほむらよりは昔のほむらの方が、アンシーっぽい気がしました。いや、キャラは全然違うのだけど。アンシーっていじめられっこ気質だと思うんですが、昔のほむらもどちらかというとそういう属性かなと。それと、今と昔では、ほむらの声まで違って聴こえるんですよ。気のせいかもしれないけど昔の方がなんかアンシーみたいな声だと感じて、「怖くないんですか?」っていう台詞があった時にはほんと「アンシーかい!?」って思いました。

そして何より矢張り、ほむらはまどかと出会う事によって救われて、今度は自分が、みたいな決意をする訳ですよね。そういう二人の関係が、やっぱりアンシーとウテナみたいだなと思わずにはいられなくて。
10話の感想など拝見しますと、「この作品の主人公はほむらだったのか」みたいなのを散見しました。まあ、個人的には「10話を観た段階では確かにそうとも思える」という感じですが、『少女革命ウテナ』もまたウテナが主人公のようでいて実はアンシーの革命の物語だったとも言える訳で、そういう、作品内でのキャラの立ち位置みたいなものもなんか重なるんですね。

これもうタイトル『魔法少女革命まどか』でいいんじゃないかと(笑)。

ほむらの台詞に、
「彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい!」
っていうのがありまして、ウテナファンとしては敏感に反応する部分でした(笑)。
「王子様に守られるお姫様じゃなくて、お姫様を守る王子様になりたい!」みたいな感じで寧ろそれはウテナっぽい台詞とも言えますが、ウテナに守られたアンシーが最終回ラストでそういう心境だったかもしれないと想像してしまう部分はありますし、アンシーの台詞の中の「今度は私が」という部分が、まさにこのほむらと重なるんですよ。

その前の、まどかが一人でワルプルギスの夜に立ち向かって行って、ほむらが「行かないで」って言う場面がなんか既視感ありましてね、ウテナで似たような場面を観た記憶があるような。
あれかな?最終回終盤でウテナがアンシーの手を掴めなくてアンシーが落下するシーン。まどかの方は、まどかが遠ざかっていくので状況は多少違いますが、「二人が離れ離れになってしまう場面」という意味では共通ですし、ウテナはその後百万本の剣に襲われる、まどかはその後ワルプルギスの夜に敗れる、という状況も似ているような。

この後の場面での、キュゥべえがほむらに契約をそそのかすシーンとか、どことなくキュゥべえが暁生っぽい。暁生編で暁生カーに乗った暁生がデュエリストに対して決闘をそそのかす場面を何となく彷彿とさせます。

3度目を経て、ほむらが眼鏡を外し、髪をほどくシーンがありますけど、あれも『ウテナ』最終回ラストでアンシーが暁生の元を去るシーン、鳳学園から外へと歩みだす場面ととても重なって見えてしまって。やっぱりアンシーも眼鏡を外すし、それまで結っていた髪を学園を出る時にはおろしています。
両方とも決意みたいなものを暗示するところですよね(アンシーの場合は暁生との決別みたいなものもあるけど)、ただほむらのそれはかなり悲壮感が漂ってる。

ところで三つ編み解くとウェーブがかる(所謂貧乏パーマ)筈なんだけど、ほむらの場合解いた瞬間気持ちいいくらいのさらさらストレートですね。


あと、2度目の時にほむらも参戦して魔女と戦うシーンなのですが、無数のセーラー服がどうしても黒薔薇編の決闘広場を思い出してしまいます。ああいうシュールさは。
この時の魔女は、ウテナ以外の何かで観た事あるような気も凄くしていて、なんだったけな?って、気になっているのですが。

posted by: イチヰ | アニメ | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - |

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